私がまだ入社間もない若い頃に、北国へ単身出張に行った時のことです。私は雪の降りしきる中を北上する夜行列車の乗客でした。「コトン、コトン・・・コトン、コトン」、単調な車輪の音しか聞こえてこない車内は乗客もまばらで、背中を丸めて皆眠っているようでした。読みかけていた本から目を上げると外は相変わらず真っ暗です。それなのに時々淡く白い何かが窓ガラスに映るのが気になって、湯気で曇ったガラスを指で一筋二筋こすって外を覗くと、それは音もなく岸に打ち寄せる冬の日本海の白波だとわかりました。

旅の景色をロマンチックにさせてくれた列車の窓ガラスの結露でしたが、ふと昔の暮らしを想い、そして今を振り返ると、どこかおかしいと思うことがあります。
冬場、エアコンから温かく乾燥した空気が部屋中をめぐり、一方で加湿器や空気清浄機が動いている。更には見えないところで24時間換気のファンも回り続けている。こんな状態はどうもおかしいと思いつつも、とりあえずは受け入れざるを得ないのが現状です。冬だけではない、夏もエアコンのほかに除湿器、空気清浄機・・・と、いったいいつから日本人はこんな多くの機械に囲まれて生活するようになってしまったのでしょうか。
温暖で四季の変化のある日本は、季節毎に自然景観や味覚の変化を楽しむ上ではとても素晴らしい季節のサイクルです。かつては少々の暑さや寒さを我慢して、住まいも自然の環境変化を受け入れる構造で自然と共存してきました。
ところが今日の住まいは気密性が高いため、換気が不十分なままで屋内外の温度差が大きくなると、屋内だけではなく、壁体の内部にまで結露を発生させ、構造体の腐朽や錆びの原因にもなります。つまり、結露は人ばかりか住まいの構造にも不健康なのです。
壁が「汗をかく」。
このような状況に至った背景には、省エネ目的に実施された住宅の高気密化が考えられます。その結果、それまでの室内の温湿度調節の仕組みを大きく変化させてしまいました。
住宅の高気密化は、一方でシックハウス症候群を拡大させました。不完全な換気の結果、壁や天井が「汗をかいた状態」になります。いわゆる結露状態です。結露はカビの繁殖、そしてダニの発生と言う悪循環を招き、室内の空気を汚染することでアトピーやぜん息の原因になったのです。この苦い経験からとられた対策が「24時間換気」の法制化です。以降新築住宅は常時換気ファンを回すことが後付けで義務化されました。強制換気によって、家の中と外の空気の温度差と湿度差が少なくなり、VOCなどの有害物質も排出されます。
でも換気をすると寒さや暑さが増すために、余分に暖冷房が必要になります。では、どうすればいいのでしょう。ここで発想の転換が必要になります。機械に頼るだけではいけないのです。例えば内装材の持つ吸放湿機能で結露を抑制すれば、24時間何の動力も手間も掛けずに静かに快適環境を取り戻すことが可能なのです。———と言うわけで、「漆喰塗料のチカラ」、今回は「結露抑制機能」に着目しました。
さて、湯気と言えば冬の風物詩のようなものです。今でも家庭の暖房に開放型の石油ストーブを使っている家庭は多くあります。灯油は燃焼によってそれだけで水蒸気を発生させます。かつての暮らしでも火鉢の上のやかんからは「チンチン」と常に湯気が立ち昇り、冬場の室内空気の乾燥を抑え、余分な湿気は土壁やふすま、障子、畳などの自然素材が適度に吸収と放出を繰り返していました。もともと日本の家屋は気密性が低い造りで自然換気のおかげもありますが、これらの自然素材の吸放湿機能が結露を抑制してくれたのです。
漆喰塗料は住まいにとって清潔な木綿の肌着
現代の住宅の内装は一般的に床はフローリンク、壁、天井は塩ビクロスで覆われ、ドアや収納の建具も防湿性の高い仕上げ材のため、至るところで結露が発生しやすい状態になっています。
近年はシックハウスへの知識と関心が高まり、吸放湿性の良い仕上げ材のニーズも高まる中、漆喰塗料に熱い視線が注がれています。安全な天然材料である消石灰を主原料とする漆喰と同じ組成の漆喰塗料は、手軽で身近な調湿素材です。その機能は手のひらで触れてみるだけで放湿してサラサラの状態から、吸湿してしっとりとした状態まで、多様な肌触りを感じ取ることができます。いずれの状況でもほとんど塗装面には結露が無く結露状態のビニールクロスとは比較にならないほど快適で清潔感があります。濡れた壁の表面にはホコリや雑菌が付着して美観や健康を阻害することを考えると放置できない問題です。漆喰塗料「アレスシックイ」はビニールクロスの上にも塗ることができて、しっかり漆喰の機能も発揮し続けてくれる頼もしい仕上げ素材です。それは、例えるなら清潔で肌触りのよい木綿の肌着を着ているような快適さです。